お釣り500円玉貯金をした1年弱分で京都と奈良に旅行しました

一番の目的は大峯本宮 天河大辨財天社
以前から興味はあったのですが、たまたま「たいらけく やすらけく」という本を読ませてもらってとても感銘を受けたら、なんと65代宮司の柿坂神坂之祐さんでしたので余計に(笑)



残念ながら柿坂宮司さんはお留守にしてらしていらっしゃらなかったのですが、朝のご祈祷から参加させていただきとても気持ちのいい時間でした





本に書かれている通り、静かにそこに佇んで過ごしていると色んな音が聴こえてくる

踏む砂利の音
自分の呼吸の音
風の音
水の音
鳥の声
光の声
大地の声
地球の声
宇宙の声



後半は大袈裟ですが(笑)
それでも研ぎ澄まされた状態で聴こえてくる

これまでなんて毎日を忙しなく生きてきたんだろうと反省しました

是非、宮司の柿坂神坂之祐さんをお見かけしてみたいので、またお伺いしたいと思います



2019.3.14.大畑 理博
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平成30年、2018年もあと僅かとなりました
本年も大変お世話になり誠にありがとうございました



今年は【初体験】【逢う】【凝視る】
この3つがキーポイントの年でした
※この投稿で初告知あり(笑)


〈うた〉に関しては沢山うたわせていただきました

アカペラで披露することが多かったです
特に30~45分の間、伴奏無しというのを経験したこともなかったのでとても鍛えられました

地元の富山では初のミュージカル曲だけを集めたコンサートに出演させていただき、役柄を使い分けていく難しさを知りました


※こちらにはご案内を載せておりませんでしたが、現在のボーカルトレーニングの師匠からのご紹介により初めてYouTubeだけに公開されているアニメーションの吹き替えに挑戦させていただきました
https://m.youtube.com/watch?v=B1Vot_fJz34


また、先日にご案内させていただきましたが元日放送される新春スペシャルへのテレビ出演も収録で参加させていただきました
https://www.bs-tvtokyo.co.jp/aikaranochousenjo/


また今年は【逢う】年でもありました
高校時代の師匠 黒崎隆憲先生、大学時代の師匠 直野資先生、大学院時代の師匠 亀田眞由美先生のコンサートやリサイタルに伺いし演奏を拝聴してただただ感動を覚え、涙が止まらない体験をしました

地元富山にいた時にお世話になった高階由美先生(「時計台の鐘」で有名な高階哲夫さんのご令嬢)にお会いしに金沢にもお伺いしました
沢山お話しさせていただいて“過去を振り返り、現在に根を下ろして、先を見る目”の大事さを教わりました

また高校、大学の同期や先輩、後輩のコンサートに伺ってその活躍を目の当たりにして自分も頑張らないとと思わされました


【凝視る】でいうと2月に箱根、4月にゆっくりとは初めての京都、6月には初めての奈良、11月に奥秩父に赴き、神社仏閣など様々な箇所を巡って国宝や重要文化財を拝見し、古きを見て新しいものを掴んだ気がしました


来年の平成31年の途中まで元号が変わります
最近では“平成最後の”というものをよく耳にしますね
平成を振り返ることも良くあると思います
でも先に進んで行くことになるでしょう
どんな年になるか楽しみです


「うたってもいいですか?」という謙虚な気持ちを忘れずに

明年もどうぞよろしくお願いします
どうぞ良いお年をお迎えくださいませ



2018.12.31.大畑 理博
大中恩先生がお亡くなりになりました
お会いしたいと思っていた矢先のことでした



僕は大学を卒業してディプロマに通っていた頃、修了したらうたうのはすっぱりやめて…と思っていました

それを食いとどめてくださったお一人です

初めてお話ししたのは失礼ながらもお電話でした
先生の歌曲集「ひとりぼっちがたまらなかったら」を演奏したかったのに楽譜がない
当時若かったから直接連絡を取ってみよう!!と怖いもの知らずで単純な発想のもと



突然のお電話で戸惑っていらっしゃいましたが、「もう一度夜にこちらからお電話します」と
そして夜っておっしゃったから失礼があってはいけないと20:00ぐらいからドキドキ待っていたら、なんと夜中の2:00
「いやぁ僕夜型でね」
から始まったお電話ですが、様々な話に広がりました

その後、楽譜が送られてきたのですが封筒ではなく段ボール
一緒に男声用に作曲したり想定された作品の楽譜とCDを沢山詰めて送ってくださいました



「僕は大畑くんの歌を知りません
僕の歌を歌ってくれるなら代金はいりません
どう歌ってくれるか楽しみにしています」

というメモが入っていました
大作曲で面識も会ったこともない若僧に大変良くしてくださり、その後には先生が主催された演奏会にも参加させていただき、「ふるみち」「しぐれに寄する抒情」などを演奏させていただきました
アンコールの選曲になったときに
恥ずかしいけれど僕が作詞した作品で大畑くんの声で聴いてみたくてね
と大中先生のはにかんだ笑顔と共に「無言」を推奨してくださいました

演奏会後、
「大畑くん
歌ってください
やめたらそれまで
どうぞ歌ってください」
というお葉書をいただきました



その後も様々な演奏会の招待や楽譜を送ってくださって、こんなに良くしていただいたのにもかかわらず、仕事に託けて段々と疎遠になり。。。

今は後悔しかなくてこの文章を書こうかも迷いました
でも書かないとまた後悔しそうで
会いたいときに会っておかないと後悔する
恩人にまで会えなくなる

大中先生
ありがとうございました
どんな形であれ細々とでも必ずうたい続けます



2018.12.6.大畑 理博
所用で奈良に行ってきました
修学旅行で行かれた方が多いと聞くのですが、僕は京都には行きましたが奈良には行かずでしたので初めての滞在でした
今回は梅雨の真っ只中で雨が降ったり止んだりすこぶる晴れて蒸し暑くなったりしましたがとてもいい滞在でした
初めての奈良の印象は
優雅や風流などの言葉などとは違った
深さ広さ高さの趣や格調といったものでしょうか
なかなかいい表現が見つかりません
国宝や指定文化財を拝見すればするほど、人の奥底にある魂の懐を感じました
建物、像、庭…どれを取っても当時の人のエネルギーを感じたように思います

春日大社の宮司さんが
奈良は自然の中におります
とおっしゃっていました
住んでいらっしゃる方々にはいい響きではないのかもしれませんが
まさに【日本の田舎】という雰囲気を醸し出していました
法隆寺、橿原神宮、正倉院、長谷寺、吉野などまだまだ伺いたいところが沢山あります
また機会を作って行けたらなと思います
以下、お伺いしたところ
率川神社
春日大社
手向山八幡宮
東大寺(二月堂、法華堂)
興福寺
浮見堂
元興寺
大神神社(三輪山)
石上神宮
唐招提寺
薬師寺
卒業を迎えた専門学校ESPミュージカルアカデミーミュージシャン科ヴォーカルコースのみなさんへ
(そして卒業はしなかったけれど平成26年度入学のみなさんへ)



ご卒業おめでとうございます。
音楽とともに過ごした2年間の学生生活はいかがでしたか?
想いは様々に今日、この時期を迎えていらっしゃることと思います。

1年次に全員が受ける講義の授業を担当してからは、卒業式の朝に名簿を見ながら振り返ることにしています。
まず面白くもない講義を受けてくれて本当にありがとう。
大した内容でもないし、僕のことをどうしても苦手だった人、嫌いだった人もいたでしょう。
それは人間だもの。

それでも心からありがとう。

音楽のこと、業界のこと、表現のこと、、、授業を受けていて「興味ないなぁ…」とな「わけわかんないなぁ…」とか「どうでもいいなぁ…」とかいったことを日々感じていたかもしれません。

これを見て!!これを聴いて!!これを覚えて!!これを知って!!
とにかくちょっとでも頭の片隅に残ってくれるならと、僕のエゴというフィルターを通して授業を進めていたのだと思います。

この場を借りてごめんなさい。

そして様々な理由により卒業されなかったみなさん。
その後は変わらずに元気にしていますか?
音楽や歌はやめちゃいましたか?
嫌いになってくいなければ僕は嬉しいです。
“うたうこと”は強制されてはならないと思っています。
あなたの身体からたまたま産まれ出た瞬間の声を“うた”なんだと考えてください。
そこにも声にならない“うた”があります。

たくさんある選択肢の中からESPに入学したことが、みなさんのこれから生きていく上で必要な糧となる通過点であったと信じています。
今はその感覚はなくても、いつしか思い出してくれるだけで嬉しいです。



☆☆☆僕からみなさんへメッセージ☆☆☆

"Hey world, I am what I am!"
「どうだ世界よ 私は私なんだ!」

先日、ミュージカル「La Cage aux Folles」を観劇しました。
主人公のアルバン(芸名 ザザ)が1幕最後にマイノリティである故の心の内を歌い上げます。この曲はロンドンパラリンピックでも歌唱されていました。
授業の中で「RENT」を観て、音楽と登場人物たちのマイノリティについて扱いました。

今まで以上にエゴではない“わたし”というものを、しっかりと知って受け止めて、持たなければならない時代に来ているように思います。
皆さんが音楽をセレクトして聴く時にそうであるように、PCやスマホの普及と発達で一個人=パーソナルな部分をより大事にし、狭いコミュニティをいくつも掛け持ち生活するようになりました。
僕が皆さんの年ごろだった“大ヒット”のような誰もが知る!というものも減るでしょう。

これだけの情報量になると、どれが本当の自分かわからなくなることがあるかもしれません。
どんな状況であっても

「 I am what I am!」
と声を大にして言えるように。


皆さんを応援しています!!!



2018.3.22.大畑 理博
リサイタルやLiveのときに挙げた写真など、最近の僕の画像を見ると、父親に似てきたという人が増えてきています

新年に実家に帰省したときは義姉さん2人ともに
「黙って立ってたら義父さんかと思ってビックリした」
そして祖母からは
「お父さんに似てきて」
と言われました




もちろん息子ですから似てるのは似てると思うのですが最近とんとなのです

写真を並べてみたけど自分のことだから全然わからない…
実際の雰囲気もあるのかもしれませんが。。。

母に似てるとずっと言われてきたので父の顔に移行していく年齢なのでしょうか(笑)



2017.2.11.大畑 理博
本年も無事に誕生日を迎えることができました

37回目ともなるとそろそろ特別なものではなく慣れるものかと思ってましたが
【新しいわたくし】
みたいなものが生まれてでーた?レコード?メモリー?として刷新されていくものでした


誕生日は朝から昼間は勤務先の専門学校に赴き、学生たちにたくさんのお祝いの言葉をもらいました
声をかけてくれるみんな本当に優しくて
山田耕筰の“からたちの花”の一節♪みんなみんなやさしかったよ♪が思い出されました



そして夜には毎年恒例となりました「うたってもいいですか?」シリーズを大学院同期のピアニスト渡部佑二くんを迎えて“あいたい”をテーマにミュージカル、日本のポップスを中心のプログラムで開催しました





このLiveが
感謝の気持ちの形となるもののような
何かの意思表示のような
決意表明のような
自分を探す旅のスタートにいるような
どこか初詣に似てる感覚となってきました


この日に毎年思うのが
【とにかく“うた”が好きだということ】


こうやって生まれてきてなんだかんだうたっていられるのは何かしらの理由があるのでしょう
誰かに言われたわけでもないのに自分から“うたうこと”を選択したのですから


そんなことを考えられる
“いま”を生きていることに感謝



2018.2.9.大畑 理博 拝
六本木ヒルズ森タワーの海抜250mにある52階屋内展望台「東京シティビュー」と海抜270mにある屋上「スカイデッキ」に行ってきた話





渋谷の先に見える富士山の脇を沈んでいく夕陽
新宿のビル群
東京タワーとその先の東京湾 お台場







地上に降りればゴチャゴチャしているけれど
東京平野に広がる街は美しいと感じました

空は狭く星が見えないと聞いているけれどそんなことはなかった

東京はこんなに綺麗な街なんだ



2017.10.30.大畑 理博
実家にあるピアノがこの度、新築した次兄のお家に引っ越すことになりました。
もう30年以上の付き合いになるのかな。



元々は5歳上の次兄がピアノを習う際に展示場に行き選んだもの。
数ある一般的に普通と思われる黒いピアノの中にいて、相当異彩を放っていたであろう木目調のピアノ。
指一本ピロ~んって弾いて即決したそうです。

僕も大変お世話になりました。
小さなころは兄と取り合いもしました。
飼っていた猫が上に乗っかってたりして(笑)
野球や田畑仕事の後の泥だらけの手で触って怒られたこともありました。

一時期どうしても弾きたくない時期があって離れたこともありました。

その後、誰もが想像しなかった音楽の道に進むと決めた時、自分では覚えがないですがかなり練習したんだと思います。
母曰く6時間以上トイレにも行かずぶっ通しで無心で弾いてたこともあるらしいので。

楽しかったり、嬉しかったり、悦んだり、悔しかったり、歯痒かったり…時には苦しかったり。。。
色んな想いを共にしたピアノ。



僕が東京に行ってから長い休息に入っていたのですが、選んだ人のところに戻って違う場所で音を奏でてもらえると思うと幸せかな。
二人の甥が指一本でも良いから音を出してくれると嬉しいな。

ありがとう!!またよろしくね!!



2017.8.17.大畑理博
今年も咲きました
薫る白い花 クチナシ



昨年のリサイタルのテーマとなった「いのち」をうたった高田三郎先生の歌曲に合わせて購入したものです。
日もそんなに当たるわけでもないし、鉢植えだから今年はどうかな…と思っていたのですが、ほんのり薫る数輪の花が咲きました。
白い花が好きだった亡き父の誕生日ぐらいから一輪ほころび始めて、そしてまた一つと咲き始めました。

本当は定植がいいのだろうけれど賃貸だから、今年は思い切って剪定をして植え替えてみようかな。



2017.6.14.大畑 理博
今日は端午の節句

っということでブラブラしてたら鯉のぼりを発見!!

東京では歌にあるような♪屋根より高い♪大きいのはなかなか見られないけど、季節を感じられるものとしてなんだか嬉しくなるものです。


そして午後からは近所なんだけれどもなかなか会えないでいた、最近活躍中の大学のときからの大親友 佐藤容子とお茶しました。
入学して葉桜新歓(だっけかな?)のときからだから18年以上の付き合いになるけど、久しぶりなはずなのにいつも会ってるかのような感じです。



なんだろうこの安心感(笑)

常に連絡を取ってるわけでもないけれど、飾らないでいられる関係なんだよな。
お互い年を重ねて環境も変わったけれど、目指すベクトルというか感覚が似てるのか、それでも昔から変わらない何かがあって同じ空気感なんだろうな。

父親亡くなったり、Facebookで落ち込んでる様子を察知したときに真っ先に励ましのLINEくれるのは容子なんだよな。

そしてそんな容子から端午の節句ということで柏餅もらいました。


でも2人でケーキとかの甘いものも食べちゃう(笑)


そして分け合う。
これも昔から変わらない。


2時間ぐらいがあっという間の時間でした。

こういう関係って異性間ではなかなか珍しいのかもしれないですね。

20年後も変わらないんじゃないかなと思ったり。
別れるときもいつも一緒。
サラッと「またねぇ~」ですね。



2017.5.5.大畑 理博
卒業を迎えたESPミュージカルアカデミー ミュージシャン科ヴォーカルコースのみなさんへ
(そして卒業はしなかったけれど平成27年度入学生のみなさんへ)

気持ちの良い晴れた日。
ご卒業おめでとうございます。
2年間の音楽を通した眼差しで過ごした学生生活はいかがでしたか?
様々な想いがありながらこの日を迎えられているでしょう。

皆さんとは1年次に全員が否が応でも受けなければいけない講義の授業を担当し、
また、一部の皆さんは実技も担当させていただきました。

授業を受けてくれて本当にありがとう。
僕が苦手だった人、嫌いだった人もいるでしょう。人間だもの。
それでも心からありがとう。

皆さんには色んなことを見て欲しくて、聴いて欲しくて、覚えて欲しくて、知って欲しくて…様々なことを言ったように思います。
あぁ全然興味ないし…ということだったかもしれない。
何回も同じことマジうるさいな…と思うことだったかもしれない。
そんなの知らないし…というものだったかもしれない。
わけわかんない…だったかもしれない。
いつしか直面する何かを感じ取って欲しい!!という僕のエゴだったのかもしれません。

この場を借りてごめんなさいm(_ _)m


そして様々な理由により卒業されなかったみなさん。
その後は変わらずに元気にしていますか?
音楽や歌はどうされていますか?やめた方ももちろんいるでしょう。
それでも心のどこかに気持ちが声になって、気持ちと重なって鼻唄が生まれ出てくれたら、それは音楽が芽生えた瞬間です。
そういうものがこれからずっと残ってくれるだけで僕はとても嬉しいです。

このご時世にたくさんある選択肢の中からESPに入学したことは、これからのみなさんにとっての何かしらのきっかけであり通過点であり、これからの糧になる時間であったのだと思います。
今はその感覚でなくても構いません。
いつしか思い出してくれるだけで嬉しいです。


☆僕からみなさんへのメッセージ☆




池の水が鏡みたいに空の蒼の色を真似てる
公園に住む水鳥がそれに命を与える
光と影と表と裏
矛盾も無く寄り添ってるよ
私達がこんな風であれたら…

この歌詞から始まる「to U」という楽曲を授業で扱ったのを覚えていますか?
池の水になりたいのか…空の蒼になりたいのか…それとも水鳥になりたいのか…僕はそれらを問いながら生きています。
光そのものになりたいと思ったこともあるし、それにずっと照らされるものになりたいと思ったこともある。
影はマイナスイメージだけれど、それらがないといけないこともある。



矛盾なく寄り添うことは日常に溢れているのに、どちらか決めなければならないときがあるかもしれません。
難しい選択を強いられたとき、人は悩み、たじろぎ、戸惑います。
けれどもその“こたえ”そのものは必然に自分の奥底では決まっていることもあるかもしれません。

これから生きていく上で選択をすることが増えていきます。
結論や結果ばかりを追い求めすぎず、自分の納得できる矛盾のない“こたえ”が導き出されることを祈っています。

応援しています!!!



2017.3.22.大畑 理博
僕の地元 富山県中新川郡立山町新瀬戸地区、実家から歩ける距離のところに在住、そして出身の画家、瓦職人、書家などたくさんの芸術を重んじる方々がいらっしゃいます。

その中で際立っているのが「新瀬戸」という地域の名前にもなるぐらい歴史の深い陶芸家のみなさんです。



その陶芸家5人が数年前にお集まりになって結成された“かなくれ会”の新宿での初めての展覧会を拝見するため伺ってきました。

庄楽窯 釋永由紀夫さん
釋永陽さん
四郎八窯 加藤聡明さん
千寿窯 吉野香岳さん
枯芒ノ窯 北村風巳さん

全員の陶芸家が在廊なさっておりましたが、皆さん纏っていらっしゃる空気感が“新瀬戸”そのもので、新宿にいながら地元に帰ったような気持ちになりました。


それぞれの個性が存分に発揮されている作品を拝見していると、感嘆させられるとともに烏滸がましくも不思議と嫉妬心というか憧れというか…。

芸術を為す者は嫉妬する…まさにこれです。

僕は音楽という瞬間的にその空間に放たれるものを自分を通して振動させて表現しているわけですが、陶芸家の皆さんは土からおつくりになり、生み出してからずっとその空間に存在する表現をされている。
それは日常の生活に使用されるもの、茶事に使用されるもの、鑑賞されるもの、用途は様々だけれどもまさにどこにいてもそこに存在する。

変化するという意味では同じだけれども、音楽のようにその一瞬の空間だけを満たすわけではない、煌めきと輝きに翻弄され満たされ揺さぶられ…羨ましいという気持ちで一杯になりました。



2017.2.26.大畑 理博
本当にいつぶりだろう…と思うほど久しぶりに
たまたま時間が出来たので
当てもなくゆっくり時間の流れるままに
上野をブラブラしてみました





師匠ありがとうございます

通学途中の公園や学舎にも行ってみて
ちょっとだけ初心に帰った感じもしたけれど
何も考えないでもドキドキワクワクしていたあの頃とは何かがだいぶ違うかな



受験戦争に終止符を打ってから
何年か通うことにはなったのですが
上京したころはその余裕はなく
在学中はそんな興味もなく
卒業してからは上野という地からも遠ざかり
たまに行くときはスケジュールの合間で…

っとゆっくり歩き回ることは無かったからか知らないことだらけでした

公園は整備がされてかなり綺麗になり
あったものは無くなり無かったものが出来ており

風景にはカフェやスカイツリーまで増えている
でも上野動物園や西郷さんはそこにいらして



学校に行くには公園口側がほぼだったのですが
飲み会とか現実逃避というサボりとか(笑)のときにただ通るだけだった袴腰広場には大寒桜が咲きはじめていました



時期が来たら思うがまま
ここぞというとき咲くんだもんな

こういう時間をちゃんと作らないと
感情とは違う感覚?五感の幅?みたいなものが
枯渇するのかもしれないと思った日



2017.2.19.大畑 理博
箱根に行ってきました
毎年この時期に伺っています

そこに変わらずにあることの恩寵
年月が何かを形作る物語
刻一刻と必ず移ろって行く宿命

そんなものに触れたかもしれません



太陽はあって
深く空が広がり
雲は輪廻転生を繰り返す
湾に沿って海は漂い
山は隆起して
湖は水を煌めかす

風はどこまでも自由で
木々はそれに従う
雪は水と氷を行き来し
土も石も呼応する

ヒトは作った
大きなものを抱いて
後から追いかけるように
前からあるものに導かれて

時は一定に自らを刻む
肯定も否定もせず
容赦はない
残酷なまで
すべてが平等に
時を経験する

いのちは寄り添う
呼吸するように



2017.2.8.大畑 理博
季節の移り変わりを五感で吸収したい

自然と人工が作るそこにある色彩を観たい

とにかく感じたい!!

そんな思いから駒込にある“六義園”に行って来ました
ライトアップが開催されている時期ということで、夜に仕事のない日に行ってまいりました



自然の色彩が
照明によって変化する



自在に柔和に誇示しながら
水鏡に写ることが許され
風が吹けば樹々も揺れ水面も揺れ
輝きと翳を作り出す


















当たり前のことではあるけれど
それは現代の照明によって為されたこと
月が出ていなければ観ることの出来ない世界



2016.12.1.大畑 理博
前まであれだけ毎日飽きないでやっていたのに最近全然やってないなぁ…

って皆さんにはありませんか?

僕は“自炊”

上京して15年以上も続けていたのにパタッとやめていました
それは新しいところに引っ越してからガスコンロではなくIHコンロになったのとなんとなくなんとなく面倒になったなどの理由なのですが。。。

っということでまた復活しました“自炊”

まず簡単なところからというのと新ジャガをいただいたので、材料がほぼ同じの
【カレー】と【肉じゃが】
やっぱり楽しかった
好きみたいです料理が(笑)







アレンジ加えたりしながらもですが、もっと様々なものを作ろうかなと思ってます







2016.11.6.大畑 理博
本年も無事に伺って参りました
奥秩父にある三峯神社へ
御眷属をお返しし新しいものを拝借に





昨年も凄いところだなと思いましたが今年もかなり思わされました



歩いていると思い出した詩がありました
どこかから引き出されたみたいです
とても優しい詩です

【空気】
花のまわりで 花の形
ボールのまわりで ボールの形
ゆびのまわりで ゆびの形

そこに ある物を
どんな物でも そこにあらせて
自分は よけて
その物をそのままそっと包んでいる
自分の形は なくして
その物の形に なって…

まるでこの世のありとあらゆる物が
いとおしくてならず
その ひとつひとつに
自分でなってしまいたいかのように
(まどみちお)



そして僕の頭の中に浮かんだ言葉たち

【包まれている】
わたしたちは包まれている
何かに包まれている
それは目に見えるものかもしれないし
そうじゃないかもしれない

そこに立ってごらんなさい
何かに包まれているでしょう
それは動いているものかもしれないし
止まっているものかもしれない

目を瞑って見てみましょう
耳を塞いで聴いてみましょう

触れても
突いても
投げても
握っても
叩いても
抱いても

ほら
やっぱりあなたは包まれている
(大畑 理博)









2016.11.2.大畑 理博
ここ最近は何をしていたかというと
なんだかずっと空を見ていた気がします

それは東京で
それは富山で

それは朝で
それは晝で
それは夕で
それは夜で

それは楽しいとき
それは哀しいとき
それは嬉しいとき
それは悔しいとき

ソロリサイタルを終えて
感情の起伏が激しくなっていたのかもしれません

空は何も変わらない

雲は流れ出来は消えて
太陽は昇って降りて
星は速く動き遅く輝いて
そして月は満ちて欠けて

変わるものと変わらないもの

それをただ自分と重ねて
見ていたかったのかもしれないです



2016.8.30.大畑 理博
今日で父の2年目の命日となりました。
日曜には三回忌の法要も終わりましたが、「もう」なのか「まだ」なのか、フワフワと実感のないわからないままの状態でいます。

ただ、ふと淋しいものが込み上げてくるのは事実です。

さてこれはいつまで続くのでしょう。
故人というのは頭の中に変わることなく留まり、思い出が幾多募っても過去であって現在にはなく、生きている者たちだけの時間がただ過ぎて、進んでいるような残されているような。
だから忘れるものは無く、より濃くなっていくものなのかもしれません。


先日のリサイタルで自分の言葉をテキストに、声楽作品にしていただきました。
《想い》という形の無かったものが言葉として“文字”になり、そして形を変えて“音”になった時の、あのなんとも言えない気持ちは味わうことがなかなか無いように思います。
まさに飾り気もないただの戯言の塊のようなものでかなり稚拙ではありますが、それを紹介したいと思います。

鳥井俊之先生が作曲してくださった『故郷に』という作品は、逝去の連絡をもらってから2ヶ月間ほどの、ずっと巡っていた出来事や心情を組み合わせたものです。今思えば、とにかく紛らわせるために、溜まるものの行き場として文字にしていたのかもしれません。

『故郷に』大畑 理博
・力なく指からはらり落ちる切符 泪とともに拾う 震える
・母の背の向こう側に父の遺影「今日もおんなじ顔してますね」
・眼を閉じた冷たき父に還すもの 僕の頭に残された声
ー通夜後にー
・仏とか星とか風にならないで その肉体と魂のままで
・父よ父 自らの血を献り 治らぬ病 何故と問うたか
ー式準備にてー
・変わらずにそこに貴方がいらっしゃるそう思っていた額になるまで
ー火葬後ー
・墓に入る前の骨壺持ち抱く時 その重みはまさしく父
ー「千の風になって」を歌ってー
・星となり 光となり 風となり 残像の亡父 ただうたとなる
ー「故郷」の二番からー
・如何にいます父母 と歌えば亡き父の姿はより鮮明に
・「ひろ」と呼ぶ頭の中に声はあり これを外には出せないものか
・木々たちよ夕の光を吸い込むな 時の経つ淋しさ込み上げる
・雨に濡れていたいと希う夜でした 親不孝の躰浄める為
・爪を切るその行為にも父の跡 かなり深爪 爪痕痛し


父は《いのち》というものを大切にし、とても愛でていました。
それは季節の移ろいや行事であったり、自然現象であったり、機器や道具であったり、もちろん生物であったりと、豊かに生きていく上での《いのち》に関わる全てのものだったように思います。
その一つであった花と父の姿とを重ねた言葉を、德永洋明先生が『花の命』という作品を作曲してくださいました。


『花の命』大畑 理博
・花盛り 生きようとするそのはなに 覚悟というを教えられ 散る
・われはここ カメラのピント 花にあり 風に揺れてもおさまるは君
・潔く音を立て終え逝くさだめ 紅い椿に永久の眠りを

そして一部の最後に歌った「くちなし」という高野喜久雄 作詩、髙田三郎 作曲の作品。
今年初めて東京の家と実家に梔子を購入しました。
東京のものは八重に咲くもので花と香りを愛でました。
実家のものは一重でしたのでこれから実がつくのでしょうか。



くちなしの実よ
くちなしの実のように
待ちこがれつつ
ひたすらに こがれ生きよ
と父はいう
今も どこかで父はいう
(高野喜久雄 「くちなし」より)



2016.7.22.大畑 理博 拝
大畑理博 ソングリサイタル ~いのち、ひびく、うたう~ お陰様をもちまして、無事に終了致しました。 お暑い中、お忙しい中、足をお運びいただきました皆様、本当にありがとうございました。 また、本番は来られないからとリハーサルに、そしてご丁寧にご連絡をいただきました皆様、そして支えていただきました皆様のお心遣い、誠にありがとうございました。 この場をお借りして御礼申し上げるとともに、感謝申し上げます。 温かな雰囲気に包まれての、私事私情満載でお送りしたプログラムとなってしまいましたが、本当にやってよかったと自負しております。 そして父との約束を少なからず果たせたのではないかと思っております。 “いのちとはただ 待ちぼうけのことではないか” こちらに会中にお話しさせていただいた僕が“日本のうた”に拘ってきた理由を書こうと思いましたが、整理しきれないのでまたの機会に。 そしてこれも私事ですが来年もソロリサイタルを開催させていただこうかと企画中です。 テーマは“故郷” 富山で生まれ育った年月と東京での生活の年月がちょうど18年と半分になります。 その間に日本国内でも“故郷”の変容を目の当たりにしてきましたが、果たして富山は。。。 少し考える時間に出来たらと思います。 また、ご案内させていただきます。 実家のピアノとテーマの一つ梔子 演奏会の写真を撮るのを忘れておりました。。。 2016.7.16.大畑 理博 拝


7月に開催するソロリサイタルのチラシに掲載させていただいた花入の作家、陶芸家の釋永由紀夫先生が新宿の柿傳ギャラリーで個展をされているということで伺ってきました。

越中瀬戸焼 釋永 由紀夫 白と黒のかたち展



今回は“白”と“黒”にすることでより“かたち”にフォーカスされていました。

釋永先生の作品に触れ、そしてお話をさせていただいていると、心の底に淀んでしまった感情が、枯渇化しそうな感受、感性を一言一言を巧みに紡いでらまた湧き上げてくださいます。

僕にとっては
《気付き》
の師匠でしょうか。

それは芸術のこと、暮らしのこと、生きること。

今だから書けますが、実は数年前までお話しするのがとても苦手でした。
それは何故か。
真実をありのまま、感情的にならずにお話になる。
突き刺さってくる言葉たち。
その言葉は表面ではなく、裏でもなく、その向こう側にこそ真意が存在している。




作品を拝見すればするほど、その重みは増していきました。
その度に僕は恥ずかしいというか、なんとも言えない気持ちになっていたのです。
それでも個展が開かれる際には伺いたくなる。

《そこにあることの魅力》

もっと早くに気付くべきだったし、それは祖父も父も僕に言ってくれていたことなのです。
言葉は違えども
「彼をしっかりと見ていなさい。真っ直ぐな人だ。お前には到底真似のできないほどの。」
と。




今回の作品は面取りをした作品が多く、“かたち”に目がいきました。
これまでに無いと思って伺ったら、20代の頃に一度制作していた頃があり、それが昇華出来なかったそうです。
昨年に花入の依頼があったそうで、それを出した時に、沸々と今なら…と思われたそうで、そこからそれらの“かたち”の作品をもう一度取り組んだそうです。



そうか。
今は完成させて自分の中では不完全で昇華出来なくても、もう一度時を経て、いつかその日が来た時に練り直せばいいのか。

やはり《気付き》でした。



2016.6.19.大畑 理博
142年の歩み心に刻む 立山・新瀬戸小で休校式
(北日本新聞より)


もう式典が行われてから一週間ほど経っておりますが。。。

僕の出身小学校が今年度をもって閉校致します。
過疎化、そして少子化が進んでのこと。

東京に出てきた身で子どもがいるわけでもないので、何か言える立場ではありません。
ただ出身校が無くなるのは
「淋しいなぁ…」
っという至極普通な感想です。

すでに保育所は無くなり、中学校は統合され廃校になっています。
幼馴染のなかには高校、そして短大とすべての出身校がそれぞれの理由で無くなっていっています。

小さいながらにもっと酷なことを強いられている在校児童たち。その中には僕の甥二人も含まれています。
大人の話し合いで廃校ではなく休校になったため、統合という形では無いために、それぞれ任意で小学校を選ぶという方式を取り、少なかったからこそ強かった子供たち一人一人の絆がバラけることになるそうです。
どんな想いでこの春休みを送っているのか想像出来ません。


本当に“淋しい”こと。
この“淋しさ”ってなんでしょうか。


気分が乗らないこともしばしば。学級委員長から始まり、児童会長や委員長などもしていたためか、小学生にして変な責任感とか背負うもの?みたいなのを勝手に感じて、緊張からか胃痛みたいなのとか、吐気とかもありました。
それでも当たり前のように通っていたんですよね。
学校が好き!!というより、先生、児童、地域の方々の絶妙な距離感の、あのこじんまりとしたコミュニティが好きだったんでしょう。

僕はあの田舎だからこその
育ち=教育
を受けられたことに誇りを持って、こうして東京にいます。
これからもそうでしょう。


文章にすることを躊躇っていたものは、このなんとも言えない
“淋しさ”
かもしれません。


休校記念誌には寄稿させていただきました。
その書誌には祖父、父弟妹、実兄、姪甥と卒業生名簿に名を連ねていました。
本当にお世話になったのだなと感慨深い想いです。

その寄稿を添えて。
現校舎が出来て間も無くの入学生でしたがまだまだ真新しく、体育館は工事中だったためランチルームでの入学式でした。
男5人女5人の計10人が同級生。その他大勢はおらず、みんなが主役でした。一人一人が際立ち、責任感や自立が育っていく。そんな環境だったのでしょう。
今思い返せば、他校では体験出来ないことが沢山でした。10分間全児童が合唱という形で音楽を共有しました。地域文化にも触れ、陶芸作品を作り、池田浄瑠璃を上演。ソフトボールで全国大会へ行くほど、放課後のクラブ活動が盛んに。夏にはグラウンドで盆踊り、冬には左義長。そして田植えから稲刈り、サツマイモを植え収穫。プールの西側では育ち方も知らなかった種を巻き成長を観察し、蕎麦打ちをして実食。観賞菊を一生懸命育てたこともありました。他小学校が断念する中、立山登山を決行。6年生の時には壁画を描き、伝統の版画カレンダーも制作しました。他にも沢山のことを経験したように思います。
目まぐるしく行事はやってくるのですが、それらは経験の宝石箱のようでした。誰もが疑いもなく懸命に取り組み、必死に考え、真剣に話し合い、そして行動する。とにかく忙しかったように思います。その中で様々な感情を抱きました。けれど凄く楽しかったのは事実です。何故なら本物に触れること、そこにリアリティが満ち溢れていたからです。振り返ってわかったことは、“本物に触れ愛でる事”で気付きと発見がもたらされ、そこから生まれ出た感情そのものを揺るがす時間が常に流れていたことです。僕の今の生業であり営みである“歌”は、これらを言葉と音楽で紡いだ表現方法であり、6年間に刺激され積み重ね培われたものが根源であり糧です。そんな僕に多大な影響を及ぼした小学校が休校になるのはとても淋しいことですが、“卒業生なんだ”と胸を張って言える誇り高い新瀬戸小学校に感謝します。
新瀬戸校の名をあげん。(平成5年卒業生)



2016.3.29.大畑 理博
卒業を迎えたESPミュージカルアカデミー ミュージシャン科ヴォーカルコースのみなさんへ
(そして卒業はしなかったけれど平成26年度入学生のみなさんへ)

ご卒業おめでとうございます。
2年間の音楽に浸った学生生活はどうでしたか?
様々な想いを持ってこの時期を迎えていらっしゃると思います。

みなさんは僕が初めて講義を受け持った学生となりました。
授業を担当すると知った時は、果たして1年間も僕は何をするんだ…とても悩みました。
(ぶっちゃけ“え~っ。。。”ってなりました。)
それでも毎週木曜の本館2階で行ったあの授業は、僕にとってこれまでにない勉強になった時間でした。

不思議なものですね。
誰がどの辺に座っていたのかを鮮明に覚えています。
座る席が変わると周りとの関係や心情の変化がわかりましたし、様々なことが見えてきました。

誰とは言いません。
とりあえずボーッと授業受けてましたね。
バイト疲れですかね、寝ていたのを知っています。
前後でメモで会話してましたね。
イヤホンで音楽聴いてノッてましたよ。
Twitterで呟いてましたけれど。
何があったのかわからないけれど泣いてましたね。
LINEで会話してましたか?
次の授業のために必死に歌詞を書いて間に合いましたか?
誰かに言われたのか鏡を見て髪ずっと直してましたよね。
しっかしあなたたちギャーギャー叫びましたねぇ。。。
携帯ゲームはクリアできましたか?

それでも授業に出てくれてありがとう。

僕は性格上、直接的だったり抽象的だったり、話が行ったり来たりするし、わからないことだらけだったのではないでしょうか。
この場を借りてごめんなさいm(_ _)m
やはり人間ですから、苦手とか生理的に受け付けなかったとかいるでしょ?それが普通ですよ。

そして様々な理由により卒業されなかったみなさん。
その後、元気にしてますか?
音楽を続けていらっしゃる方いるでしょう。やめた方もいるでしょう。
それぞれの選択ですし、もしかしたら自らの意志ではなく、そうなってしまった方もいらっしゃることでしょう。

たくさんある選択肢の中からESPに入学したことは、みなさんにとっての分岐点だったのだと思います。
何か思うことがあって、人生の1ページとして衝動的な行動だったのではないでしょうか。
これから生きていく上で、過程として必要なことだったんだと思ってもらえたら嬉しいです。
今は思えなくても振り返った時にそう思ってもらえる時があればとても嬉しいです。


僕からみなさんへメッセージ

周りをあまり見渡しすぎて、己を沸き立たせる大切な何かを見失ってはいけません。
ただ、曖昧ではあるけれど“普通”という何とも言えない漠然としたものは知っててください。
みなさんそれぞれが本来備わっている性質の本“分”と“自”らの力量をさす語が“自分”です。
何をしたくて何が出来るかをしっかりと見極めて、それに向かって試行錯誤し実現していく・・・。
その切なる思いこそが、本当の“自分を探しだす”という行為のようです。
僕もまだ途中です。


これからずっとお互いに探していきましょう。
“自分”というものを。


応援しています!!!





2016.3.23.大畑 理博
本日無事に歳を重ねることが出来ました。

30代も後半の35という歳になりまして、迎えられることの有り難みと幸せを噛み締めております。
日付けが変わったぐらいから、皆様からの温かいLINEやメール、メッセージ、Facebookのータイムラインへの書き込みなど、本当に沢山頂戴し誠にありがとうございました。

本日は1日お休みをいただいて、一人でレンタカーを借りて箱根に来ております。
毎年恒例となりました箱根神社への参拝を無事に済ませ、これからゆっくり温泉に入ってきました。


誕生日を迎えてから、そして朝起きてから、車を運転しながら、参拝しながら、昼食のうどんを食べながら、そして温泉に入りながら、そして珈琲を飲みつつこの記事を書きながら。。。
何故、35年前の今日に、母のお腹からこの世にこの時代に出ようと思ったのかを考えています。

答えの無い問いですね。

僕は陣痛が始まって長い間、くすぶっていたそうです。
4:13生まれで6時間ぐらいだったと聞いているので、8日でも良かったはず。
しかしながら父方の祖父と同じ誕生日の9日だった。


お風呂に入っていたらふと
太陽が雲に隠れました。
そして風とともに雲は流れ
また陽が僕に向かって射しました。
それを見て
「今、この瞬間生まれたかったから」
単純だけれど一番大事なのかもと思っています。

その後、いろんな経験をしましたが、あの時生まれていなかったら、全く違う人生風景だったと思うのです。


歌もそうなんだろうな。
まさに理由は全然なく
「うたいたくてうたっちゃうから」
だもんな。



2016.誕生日 大畑 理博 拝
あと数時間で本年も終わろうとしておりますが
あまり寒くないからなのかどうもまだ実感がありません。。。

さまざまなところで
「大晦日」
という文字を見てなんとなくそうなのかと思っている次第です

平成27年、2015年は昨日の投稿で振り返りましたのでここでは割愛(笑)

本年も大変お世話になり、誠にありがとうございました
来年もどうぞよろしくお願い致します
それでは皆様佳いお年をお迎えください



2015.大晦日.大畑 理博 拝
今年、平成27年、2015年を振り返ってみました。
当初は歌う年にしてやるぞ!!と意気込んでいたのですが。。。


3つ大きなものを挙げるとするならば
「花を愛でる」
「引越し」
「病」
でしょうか。


「花を愛でる」
兎に角、3月から5月にかけて毎週通いました。
目黒雅叙園の東京都指定有形文化財「百段階段」での『いけばな×百段階段2015』
いやぁあんなに夢中になったのも久しぶりでした。
あれから華道=いけばなというものにかなりの興味が湧きました。
来年こそは門を叩くぞ!!!
それでも家には前々から育てていた観葉植物もあり。
生花はもちろんのこと薔薇、カロライナジャスミン、シクラメンなども購入したりしましたね。
最近も気になる鉢がありまして、年越しに購入するか迷っております。

「引越し」
大学院入学のために初めは読み方も知らなかった狛江市から、上京してから住んでいたマンションの隣駅の練馬区へ引っ越しました。
あんなにCDや楽譜、書籍が増えているとは知らず、バンバン手放しましたがもっと身軽にならないとと心に決めました。
年内に片付けられなかった分は年明け早々に。
そしてピアノは購入して15年が経ち、移動させるついでにということでクリーニングもお願いしました。
ピッカピカになったピアノはあまりに嬉しく、意味もなくベートーヴェン、シューマン、ショパンとかラフマニノフとかを弾いてみたりして。

「病」
夏休み開けくらいからでしょうか。
歌う機会を与えてくださったのに、ずーっとの体調不良により、参加できないものが沢山ありました。
この場を借りて関係者各位にはご迷惑をお掛けしたこと、心よりお詫び申し上げます。
扁桃腺周辺の炎症と膿瘍の症状により、こんなに人は高熱が出るんだと思うほど体温が40℃をゆうに超え続けたり、嚥下出来ないほどの激痛を体感しました。
全然経口摂取出来なかったからあの時の体重は凄かったな。多分、小学生以来の体重ぐらいまで落ちたかと。
その後に来たのは、
感染者の9割以上が子供と言われていて子供の病気と考えられがちで、大人が患うと重症化するという手足口病。
いやもう手と足にいきなり発疹が出てきた時にはビックリしましたよ。
そして全然眠れないほどの痒みと痛み。
まさに生き地獄のような感じでした。
そして10月頭になったのに、年末にきて未だに手や足の爪が剥け始めております。
その後も前立腺炎になったり、血圧が一気に下がってしまう起立性低血圧や断続的なめまいにも見舞われ。。。

もう来年でアラフォーに突入するというお告げだと思っております。
振り返っても今年は体調が優れなかったなぁと。
ただこれだけ続いたらもう来年は大丈夫なんじゃないかという、なんだか不思議な感じではありますが、まだまだインフルエンザやノロウィルスなども流行っているようですし、気を付けなければと。

そんな年の瀬。
あと次の年まで30時間を切っておりますが、人間何があるかわからないですからね(笑)
このまま過ぎてくれるといいな。



2015.12.30.大畑 理博
前日にふと思い立ち、寝る前にレンタカーを予約して、
久しぶりの昼間の休みを使ってちょちょっと行ってまいりました。
こんな時だけ物凄いフットワークの軽さを発揮します(笑)



前々から気になっていた奥秩父の

三峯神社

へ行って参りました。



かなりの冷たい雨に降られましたが、
紅葉、落葉が大変見頃で行って本当によかったです。



研ぎ澄まされた空間



清んでいる重厚な空気感



それでも動いている何か。。。

表現しにくいのですが
そんなものをビシビシと感じてきました。



2015.11.11.大畑 理博
昨日のこと。



出身の小学校が今年度いっぱいで休校になるのを受けて、これまで高学年の恒例行事だったものを、1年生から6年生の児童全員20名が郷土芸能の一つ「池田浄瑠璃」を演るというので、最後の学習発表会に行ってきました。


※池田浄瑠璃とは・・・
池田浄瑠璃は、池田城の城主を楽しませるため、約400年ほど前に始まったとされる村芝居である。
江戸時代末期に、池田浄瑠璃として演じられるようになり、代々村人によって受け継がれてきた。
一時期途絶えていたが、昭和62年から郷土芸能文化として復活し、新瀬戸小学校の児童によって学習発表会や施設慰問等を通して上演され、現在に受け継がれているものである。
(富山県総合教育センターのホームページより)


僕も過去にさせていただいた内の一人ですが、その時のそれらとはどこか違う一線を画すものでした。
児童たちの真摯に向かう姿勢と一生懸命さがビシビシと伝わってきて、いろんな感動をいただきました。

それぞれの役割を充分に理解してそれぞれが最大限に自分を展開する。
凄く難しいことを要求されたでしょうが、それに応えようと“自分”というものを自身が持っている勢いで思いきり開くと「凄いものが生まれる」ということをみせていただいた様に思います。

長兄の長男、次男も出演しておりましたが、いやぁ立派でした。
(叔父ということを抜きにして)


これを伝統として継承するかどうか…。。。
難しい問題だらけの側面に接していると思います。
残さないといけないものであるのは、誰しもがわかっていること…そうではあるけれど…というところです。
Yahoo!ニュースより↓
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20151101-00038483-kitanihon-l16





2015.11.02.大畑 理博
本日やっと引っ越しを機に全面的にクリーニングされたピアノがやって来ました。



大学に合格した時にピアノが必要だということで声楽科だし実家にもあるので、アップライトでのリースを考えていたのですが、
大きいのがとにかく好きだった父。
そしてせっかくなんだからと母。

っということで入学祝いとして当初はリースとして僕のもとにやって来ました。
そして2年後に両親からの成人のお祝いとして購入に至ったのが、このYAMAHAのグランドピアノC3です。
もうかれこれ15年以上も使っているんですよね。
何度か事ある毎に手放そうかと思ったこともあったこのピアノですが、今となっては父の形見のひとつとなりました。
もうなかなか手放せません。

この部屋にやって来て一番に弾いた曲は
坂本龍一「aqua」
沢山の好きなピアノ曲がありますが、その中で僕の心を浄ってくれます。
臨時記号の一切ない、本当にシンプルでとことん美しいメロディーの楽曲です。


さて栄転となるようにここからまたスタート!!
(前回の投稿の際には様々な方からご連絡を頂戴し、誠にありがとうございました。
あまり大々的に発表するのもと思い、「諸事情により」としたところ、逆に事が大きくなってしまいました。もうだいぶ治癒が進んでおります。引越し前に扁桃周囲膿瘍。そして引越し後に疲れや前述による免疫力の低下により、子どもはよくかかるが大人はあまりかからないという、手足口病になったりしておりました。ご心配をおかけし、申し訳ございませんでした。)



2015.10.20.大畑 理博