先日家に帰ると、一通の封筒が来ていました
それは先週、音楽鑑賞会という名目で訪問した、地元の高野小学校の校長先生からのものでした
そしてその中には、聞いてくれた児童たちの感想が書いてありました


僕はその感想の中に、演奏している僕と子どもたちとの間には、感じ方の違いがあるのだと気付かされました
4年生のNくんは
「どうしてそんな声がでるんだろうかとかんがえてみたのですが、それは大畑さんは音楽が好きだからだと思いました」
<音楽が好き>だから彼らの前で、歌っているんですよね
凄く単純なことなのに、僕はその言葉にハッとさせられました
<声>と<音楽が好き>
結びつかないようで、結びつく何かをNくんは感じたのでしょうか・・・
大人は単純なことほど気付かなくなるものなのでしょうか。。。
それはとても哀しいことです
反省させられました


そして、2年生のAくんは
「つばさがほしくなりました。じゆうに、そらをとびまわりたくなりました。ロマンチストの豚も同じことを思っていたらおもしろいです」

その時には、2つの空にまつわる歌を歌いました
やなせたかしの詩による「ロマンチストの豚」
もう1曲は「翼をください」

共通しているのは“白い翼”です
片方は翼がはえて飛んで行ってしまう
そしてもう片方は翼が欲しいと懇願している
僕は別の歌としてだけ考えていたのですが、
Aくんは別曲だとしても、そこにはリンクする何かを見出したのかもしれません
僕はなんとなく選曲したつもりでしたが、よく考えたら共通点があるのです
この感想を読んだときは、なんだか自分に対して落胆で一杯でした。
1曲で完結してしまっている僕の音楽と、全部の曲を聴いてくれた上でのAくんに映った音楽の姿
本当に恥ずかしくなります


小学校に演奏に行くたびに
子どもたちには様々なことを常に教わります

単純な気持ちが積み重なって、自分が動かされているということ
そして、大きな視点と小さな視点の両方を持ち合わせること


来月も違う小学校の子どもたちの前で歌うけれど、
今度は何を教えてもらえるのだろう・・・



2011.11.1.大畑 理博
スポンサーサイト