お陰をもちまして通夜、告別式等の
一連の儀式が滞りなく済み、
これから東京に戻る車中での投稿です。



告別式の始まる前に祭壇の棺の隣で、
祖母が好きだった「月の沙漠」や
「からたちの花」を歌っていました。

そしてふと思い立ったことがありました。。。

式が始まる直前まで迷ったのですが、
10分前、斎場の責任者の方にまず確認を取り、
喪主にも誰にも相談せず、
とにかく自分が祖母に最後にしたい衝動を
住職にお話したところ、
御快諾くださいました。

最後のお別れの言葉として。
おばあちゃんの孫であったことを感謝して。

先般の投稿で画像にも載せた封筒のこと。
そして『志』と目の前で書いてくれた最後の姿。

短いけれどありったけの気持ちを詰め込んで。

挨拶の最後に『志』の言葉が入った歌を
鎮魂の気持ちも込めてうたいました。



志を果たして
いつの日にか歸らん
山は靑き故郷
水は淸き故郷



「故郷」の3番です。

祖母が亡くなったことで頭がパニックでした。
斎場に着いたら冷静で、
気持ちが落ち着いてきて、
ふと『志』の言葉が過りました。
そして「故郷」。


祖母が僕に最後に残したかった
メッセージはこれであると。


思い立ったらやらないと気が済まず、
絶対に留まることの無かった祖母。

今やらないと絶対に後悔するだけだと思い立ち、
誰にも言わずだったのであまりにもサプライズ的でした。
誰も知らずですので、
母はかなりドキドキだったようですが。

終わってからそれに関しては誰も言わず
黙認してくれたのだろうと思っています。

今の気持ちは本当に穏やかで、
やらずに後悔するよりずっと良かったんだと、
あの時行動に起こさなければ、
今頃の東京に戻る車中での気持ちは、
あまりに違っていたと思います。




画像の手は僕の左手です。
祖母は小さな頃、
この手を見て言いました。
「理博さん、マスカケやね。
大きくなられぇ。」
祖母が思っていた“大きく”は
どのようなものかはもうわかりませんが、
様々な意味を含んでいるのだろうと、
これから心に刻まなければと思います。

最後に手を題材にし、
よくうたわせていただく楽曲より。。。



わたしは その手が好きです
ただ 每日をまっすぐ生きて
わたしたちを育て旅立たせてくれた
あなたのその手が好きです

雨に打たれても土に触って
ひとつひとつ種を蒔く背中は
諦めた夢もきっとあるでしょう
だけどわたしには笑顏で…


風に吹かれ 迷いゆれて
生きるこの道
あなたの笑顏 それは道標

風に吹かれて 走っています
あなたがくれた この命の道を

わたしは この手が好きです
ほら あなたによく似ている
わたしたちを育て旅立っていった
あなたの その手が好きです
(福山雅治「道標」より)



92年。
ありがとうございました。

合掌。



2013.10.26.末孫 大畑 理博
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昨夜、祖母が天への階段を昇られました。

僕に

「志」

という一文字の封筒を残して。。。





最後に会ったのは8月のお盆過ぎ。
「がんばらっしゃい」
と、
いつもなら何も書かない封筒に、祖母は間違えながら、辿々しくもしっかり「志」と書きました。
その時は珍しいなぁ・・・と思ってはいたのですが。。。

ご本人は何かを察していらしたのかもしれません。

僕が車に乗ったら、窓越しに穏やかな顔で手を振りながら
「バイバイ」
の口。

もう見れなくなっちゃった。。。



長男の末っ子。
おばあちゃん子の僕は、迷惑ばかりかけたと思います。



まだ肉体的対面はしていないので、実感が無いのです。

これから何を想うのか。。。

最期を見せてくれなかったのも祖母の優しさ。
元気に立っているのが肉体的最後の姿だったんだと思うと、祖母が僕に対する最後の優しさ。

ただ言えるのは
「強くなれ」
をこのように教えてもらった気がします。



激動の時代のなか、92年生きられた立派さ。
無償の愛に感謝。

合掌。



2013.10.24.大畑 理博