本年、平成26年(2014年)も恙無く、歳を重ねることが出来ました。

一番近くで見守ってくれる両親、そしてその両親(祖父母)、その両親・・・ご先祖様方に感謝です。
先祖一人一人のDNAが刻まれて形成された、神秘の塊であるこの身体。
まさに今、感じること、思うことの一つ一つが時代や境遇を超えて、この身体にレコーディングされて沸き起こっています。
五体満足に生まれ育ち、こうして生を活かしている事に、本当に感謝しなければなりません。

気が付けば十の位と一の位が同じ、ゾロ目の33歳になりました。
僕の中では何も変わっていない気でいます。
それでも幾多の偶然が重なった体験をし、数多の方々に出逢い。。。

こうやって皆さんに発信出来ていることも、そして読んでいただいていることも、偶然の賜物であり、生かしていただいている実感です。

感謝申し上げます。
今後ともよろしくお願いいたします。




ここからは僕からの誕生日祝い。
実は現世で偶然にも、誕生日が重なった先祖がいます。
それは父方の祖父 “理昌” さんです。
大正5年(1916年)生まれだっけかな。(間違ってたらごめんなさい。お祖父ちゃん。)


写真左抱っこしているのが祖父(戦後の強い薬の副作用で禿げてたなぁ)、抱っこされているちっちゃいのが僕。
真ん中が長兄(たぶんケーキの主役)、右が明日2月10日が誕生日(笑)の次兄。

祖父と同じ誕生日というのは偶然にしても、あまりに不思議すぎるとずっと思っています。
僕が中学3年の秋頃に亡くなっているのですが、悩んでいる時や結論を出す時に、今でも近くで指針のようなものを夢に出ていらっしゃったり、囁く声が聞こえてくるような時があります。

どこか同じことを考えていたり、阪神淡路大震災の揺れが起きる直前に、何故か2人起きてきて一緒にいたり、何かあるごとに神社仏閣に赴く傾向があったり。。。

一緒にお風呂に入ってるとき、田畑仕事をしているとき、父や兄達には話さなかった戦争の時のこと、曾祖父のこと、先祖のこと、土地のことなど、本当に沢山のことを教えてくれ話してくれました。

小学校の時の自由研究で、祖先に纏わる系譜を作るときに、一緒になって楽しそうに手伝ってくれたりしました。
また習字の練習をしていたら、いきなり僕の筆を手に取り、“こうやって書けばいい”とサラッと書いてくれました。
“お前のだ”って大好きなスイカを作って嬉しそうに、運んできてくれたりもしました。

亡くなる1週間前、病室へお見舞いに行った時に、
「おーうヒロ(僕のこと)、来てくれたんか。お前は好きなことやれな。祖父ちゃんが出来なかったこと沢山やれ。お前は自慢の孫だからのぅ。」
って言ってくれました。その時はポカーんでしたが。
でも、祖父を知る人にお会いすると
「あんたが理昌さんに嬉しそうに連れられとった自慢の孫のおっじゃ(三男坊)か?あんたのこと可愛かったんだのぅ。いつも連れられとったがよ。」(富山弁)
と言われます。
話によると愛車のカブ(笑)の後ろに小さな僕を乗せて、よく親戚とか電気屋とかお店とか、色んなところに連れて歩いたそうで。。。

誕生日が一緒なのには、何か理由があるのではないかと思っています。
生きている間にわかるのかどうなのかはわかりません。

お祖父ちゃんに“うた”聴いてもらったら、どんな感想くれるのかな。。。
もう叶わないけれど。。。


お祖父ちゃんお誕生日おめでとう!!!


あなたの孫は言われた通り、ビックリするほど好きなことに没頭して生きていますよ!!!
まだまだやり足りないことやりますよ!!!



2014年.誕生日 大畑 理博
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