「2万人が死んだ一つの事件」
ではなく
「1人が死んだ事件が2万件あった」


この北野武さんのこの言葉は心に刻まれたものでした。
賛否両論あるにせよ、どこが線引きとかではなく、被災された方々と被害にあった方々、そして非当事者としての考えはここになければならない気がしてなりません。


オペラツアーの最後を翌日に控え、甲子園近くのホテルにいました。
そして気持ちの悪い揺れを感じました。
安全の確認をした後、テレビをつけると考えられない惨劇がそこには広がっていました。
もう衝撃的な映像がリアルタイムで伝えられていました。
だんだんと持病の症状の動悸と身体の震えがが酷くなり、たまらずテレビを消して、携帯の活字のみで情報を得ていまいした。
ベッドの中でワナワナしながら、涙が溢れ出し、呻き声をあげて錯乱したのを覚えています。

翌日は予定通り公演は行われました。
場所は阪神淡路大震災の復興シンボルとして建てられたホールでした。
メイクをし衣裳に着替えた姿を鏡ごしに見たとき、複雑な気持ちで一杯でした。
淡々とを目標にステージの上では集中しているのですが、袖にいると頭の片隅に惨状の映像が映し出される。
幕が進むにつれ、その姿のギャップに自分の心が置き去りにされた感覚でした。

今朝、僕の中の何が目覚めたのか、動悸とともに起きました。
想いが色々あるのでしょう。。。
体験した感覚は風化することはありません。
心が揺らぐのです。

まだまだ鎮まらない魂に、心よりご冥福をお祈り申し上げます。



2014.3.11.大畑 理博
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